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創価学会の功罪を考える
736
:
アネモネ
:2003/11/07(金) 15:45
創価学会草創期の、最も躍動していたと思われる時期、その折伏闘争というのは、すさまじかったものだったと聞いています。
創価学会の信念体系に陶酔している信者の方々にとっては、広宣流布へ向けての歓喜の闘争だったのかもしれません。しかし、その一方では、家庭や人生をかき乱されてしまった悲しい現実もあったといえます。ご存知の方々にとっては、今更ながらの周知のことかと思われますが、功罪を考える上で、決して見過ごしてはならないところだと思い、以下、古い文献ですが、そのことを示す、文章を紹介しておきたいと思います。
****抜粋***************
昭和二十六年、隣国朝鮮に起った戦争を契機として、台風のように、日本の全国を吹きまくっている創価学会の爪跡は実に大きい。ある青年は毎日のように折伏に来られて神経衰弱となり、果ては自殺して若い生命を断った。彼の母親は、そのひとり息子を失った哀しみに耐えかねて、愛児の後を追って死んだ。回復するはずの病人が、医師の忠告を退けてお題目を挙げていた結果、病状が悪化して死亡した者や、脳溢血で倒れた病人を囲んで、一週間もお題目を唱えているうちに、手遅れになって、医師にも見せないで殺してしまった者や、疫痢になった子共のそばで、お題目を唱えつつ殺してしまった母親等々、無知のかもしだす悲劇は余りに多い。
ある創価学会の班長は、旧友を訪ねて折伏した所、相手から「入信したらどうなるか」と聞かれたので、「どんに願でもかなわないことはない」と答えた。それで友人が、「では、僕は百万円の宝くじの当たるように願をかけるから、君、責任をもってくれ」と言ったところ、「ちょっと待ってくれ、支部長に聞いてくるから……」と答えた。ある班長の母は胃癌になって、全家族のお題目をよそに、悲惨な苦しみにうめきつつ死に、彼もそれから二年後には、五十二才の若さで、同じ胃癌で母の跡を追った。そのとき、親ゆずりの財産は全くなくなっていたのだ。毎日折伏にかけまわって、幸福製造機と銘うつご本尊を勧めつつ、自分の家業を忘れた当然の報いであった。
ある支部長は、折伏に熱狂して倒産したが、裸になっても悪夢から醒めない。その娘は婚約者があるが、父が家庭を顧みないために、いつまでたっても一家の犠牲として働かされ、結婚できないのを悲観して服毒、生命はとりとめたものの、医師にもかけないで、信者が集って一週間もお題目の連続。一週間目にみんなでよってたかって、頭を押さえてお題目を唱えているうちに絶命した。親戚の者が集まって、「これほど不幸が続いても、まだ目が醒めないか」と忠告したら、「信心がまだ足らたかったのだから、もっと熱心にやる」と答えたという。ここまで、迷いこんでは、もはや、つける薬がない。
こんな迷信にだまされて、苦しんでいる者はもちろん、毎日折伏に押しかけられて、迷惑している者は無数である。しかも、「王仏冥合」という仏教政治を、全世界に実現しようという「第三文明論」の旗をかかげて、まず、日蓮正宗を国教化するためには、流血の革命?をも辞さないかに見える彼等の思想は警戒を要する。だから、創価学会のまちがいをただして、愛する同胞を正しい信仰に導きたい願いで本書を書いた。
(『創価学会のまちがいをただす「キリスト教折伏に答えて」』序文より 森山論著 日本イエス・キリスト教団東京出版部発行)
***以上****************
今もこのようなことが行われているのかどうかは私にはわかりません。ただ、価値観の多様性を尊重することなく認めず、また他人の忠告や意見に耳を傾けることも出来ずに、ただ自己陶酔する価値観とその布教精神が今もなお残されているのならば、これは罪科というものに他ならないのではないかと思います。自分とその教団を客観視できないというところに、最大の欠点があるものではないでしょうか。
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