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創価学会の功罪を考える

733犀角独歩:2003/11/07(金) 13:24

―732からつづく―

伝統仏教におけるビハーラ活動はいまさら紹介するまでもありませんが、ここにも仏教精神は生きています。宗派、思想信条を超え、悩み・苦しみ・病み・飢える人をい如何にして救うか、その社会活動を通して、人々は宗教の必要性と、その功績を知ると思います。

『現代宗教研究』第37号に、日蓮系として上述の関連する研究が掲載されていました。『日蓮宗のビハーラ活動 ― その理念と意義』がそれです。この書は日蓮宗宗務院発行のものなので、宗派の見解と見ても差し支えないと思えます。
ここで著者・奥田正叡師は、ビハーラの視点から仏教が果たしてきた役割、その実際の記述を紹介しています。わたしは目から鱗が落ちる思いで拝読しました。

「多くの仏教経典には、仏陀を医王、法を薬、僧を看病人にたとえ、“病人を看護することは仏陀を看護するのと同じ功徳がある”と説かれている。また、病者を看病しない者は自分も看病が受けられないと説かれ、積極的に看病の必要性が説かれている」(同P140 “”の括りはわたし)

「『梵網経』には「看病は八福田の第一」と説かれ…『四分律』(巻第14)には…看病の心がけが説かれ、利益のための看病を厳しく戒めている。さらに仏の教えを誰にでも解るように説き、説法を以て病人に法悦に入らしめることなど、具体的に説かれている」(同)

そして、篤信の仏教者が果たしてきた実際の活動を紹介

「古代印度の祇園精舎:聖人病院・仏示病院
 アショカ王:当初から医療活動を実践
 中国北魏の孝文帝:洛陽に慈善病院別坊を開設
 日本初の僧侶善信尼・僧侶たち:慈悲の精神により療養活動
 聖徳太子:四箇院を設置
      施薬院(貧しい病者に薬剤を与えた所)
      療病院(身寄りのない病人を収容し法を説いた所)
      悲田院(貧しい孤独な人を収容した所)
      敬田院(人々の精神的な救済を行った所)
 奈良時代:寺院と病院が合体」

などを紹介されています。
著者・奥田師は日蓮宗僧侶でありながら、良忠師に触れ

「臨終に際した病人をどうしたら死後の世界に生まれ変わらせることができるか、そのためにはどのような条件の下に重病人と接したら良いかを浄土宗の立場から説いた。現在のベッドケアの原型である」(同P142)

と記しています。この記述から見る限り、「臨終正念」とは死期にある重病人を安らかに看取るべきかを僧侶の責務として教えた実践論であったことが窺えます。

奥田師はこの研究ノートを以下の文章を終わっています。

「法話は寺院や信徒という限定された場所や対象によってのみなされるというイメージが強かったが、本当はそうではなく、そうあってはならないと思う。日蓮聖人の教えは、娑婆即寂光土という現実生活の重視と、即身成仏ちう我が身の救いにある。日常生活や我が身の苦楽の他にどこに救いがあるのだろうか。日蓮聖人の教えを拠り所とする私たちが、今こそ広い視野に立って社会のニーズに応えていくべき時ではないないだろうか」(同P152)

以上、仏教の功績を紹介する同書を見ましたが、このような功績があればこそ、仏教は日本社会の中に長く生き続けてきたのだと思います。

アネモネさんが指摘されたように功績とは社会的に何をしているかということです。
さて、わたしは嫌みでも何でもなく、創価学会の上述の如き、功績をまったく知りません。またHPなどを見てもその実践活動の紹介がありません。
故に是非とも創価学会の功績をここに示してください。それこそ、最大の布教活動になるとも思います。(もちろん、掲示板での布教活動はルール外のことであるとは思いますが)


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