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創価学会の功罪を考える
568
:
沖浦克治
:2003/11/01(土) 22:51
アネモネさん
私個人とっての『功』なのです。
『 一代の肝心は法華経法華経の修行の肝心は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ。』
建治三年丁丑九月十一日 日蓮花押 (崇峻天皇御書)
一人一人の生活の上に人間の振る舞いとして、結果が活き活きと現れなければ蓮祖の仏法ではないのです。
個人個人の上に功徳として現れ、それが全体に広がってこその仏法です。
トップダウンではいけません。
ボトムアップが正しいのですよ。
一人一人に功徳『功』として顕れてこそ、全体としての『功』となりうるのです。
このスレッドでは罪の部分を、多くの人が自分自身の体験として語っています。
同じく、私は創価学会の信心の功徳を『功』として語るのです。
ご理解くださいませ。
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