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創価学会の功罪を考える

542犀角独歩:2003/11/01(土) 15:09

ジャンノレンさん:

> 仏教徒とは言えない理屈

いやいや、そんなことはないと思いますよ。
わたしは“妄想”を宗教病理的な観点から提出しましたけれど、この漢熟語は本来、仏教語で「もうぞう」と読んだものでしたね。
間違った考え・強い確信・訂正不能はまさに「もうぞう」であって、我執でもあるわけでしょう。

> 私は誘導システム(概念操作といっても良いかも)

概念操作、これはたしか石田さん辺りも使用していましたっけ?
失念していますが、それは置きます。
概念操作が自律的なものであれば問題は生じないでしょうが、他者操作である場合、大いに問題が生じますね。後者は社会心理学が扱う問題になります。

> 通常の仏教の思想…予言…個人が他人の宿命を指導する…有り得ない…占いにもにた…簡単に人生を預ける…一考の余地が大いに有る…

賛同します。当スレッドのテーマである創価学会で言えば「個人指導」とかいうものですね。

> 集団幻想が妥当

この言葉は当板では度々使用されてきた成句でした。
わたしはこの幻想ということを考えるときD・J・ブーアスティン著『幻想(イメジ)の時代』(東京創元社・現代社会科学叢書)は必読書であると皆さんにお薦めしたいと思います。

この本は特にマスコミが濫造する幻影(イメジ)の危険性にかなり早い段階で警鐘を鳴らしたものでした。その警鐘は現代的にはマスコミに限らず、集団幻想、そして、仮想現実を現実と思い込ませるマインド・コントロールも説明できるキャパをもっています。

> 活動しなければ財をやられる、啓蒙しなければ罰を受ける。何か天上人が人を操るような感覚が仏教の道理として罷り通り、組織そのものに身体的法理が宿っているような教育は、まったく虚仮の世界ではないでしょうか。

「教育」と言えば聞こえは善いですが、まさにこれが破壊的カルト・マインド・コントロールでしょう。一般的な言葉で言えば「煽動」ということになります。
ここでは妄想が大いに利用されるわけで、事実関係が証明できないことによって成立しています。


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