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創価学会の功罪を考える

540沖浦克治:2003/11/01(土) 07:10
 続きです
>高度経済成長前の日本にあって、虚妄であったとしても、希望の片鱗を
聞かせた戸田さんを、わたしは嫌いではありません。

 あなたがどの様にお感じになろうとも、ご自由でしょう。
 私は、戸田先生がご出現になられなかったなら、人類は滅びていたと思います。
 これも私の自由です。

>いずれにしても、戸田さんが、本音のところはいざ知らず、肉声や当時の聖教や
大白において、正宗を絶対的なものであるとし、国立戒壇の建立を本気で考えて
いたことは事実です。

 少し論理が飛躍していますね。 
 あなたが事実とお考えになっているだけです。
 戸田先生のご本心では、宗門など歯牙にもかけておられなかったでしょう。

>また、戒壇建立の文証とされる「三秘抄」のどこを読んでも、その建立されるべき
戒壇が「民衆立」などというものであるとは書かれていません。云々。

 御書全体を正しく読まねば、理解は不可能でしょう。
 蓮祖の御書を拝し、双方に異なる解釈が起こる事はやむ終えないと思います。
 あなたはそう、思い私は思わない。
 理解力の差です。

>戸田さんについて、あと一点だけ。
戸田さんの当時でも数億円あった遺産は、結局どうなったたのか。

 どなたかが使ってしまったのではないですか?
 いずれにしろ、私の手元に入るお金ではないので、なんとも申しあげられません。

>最愛の妹さんに遺産すら残さない戸田さんだったのでしょうか。
わたしは、この一事をもってもポスト戸田体制の学会を好きになることはできません。

 事実であれば本物の指導者と思えますが、私には確認する手段がありません。
 詳しくご紹介いただければ幸いです。
 私は戸田先生のことは、どんな小さなことでも知っておきたいのです。


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