[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
創価学会の功罪を考える
538
:
沖浦克治
:2003/11/01(土) 06:54
続きです
>狸祭り事件でしょう。
私の過去レスをお読みください。
>戸田さんが刎頚の友であった時の総理大臣を本山に呼ぶ、これも、僧侶に錯覚をおこさせました。
総理大臣に御開扉を受けさせる計画などはありませんでしたよ。
単純に招待をしただけです。
宗門は、身延の関係者に度々御開扉を受けさせております。
文句は筋違いでしょうね。
>「飲んだくれのおっさんが、立派な背広を着て、えらそうに喋っている」
「もしかしたら、自分もああいう金持ちになれるかもしれない」
「でかいことばかり喋っているけど、ひとは良さそうだ」
「質問にも親身になって答えてくれているから、信じてもよさそうだ」
「威勢のいい話で、なんだか元気になってくる」
こういったあたりが、当時の学会員の偽らざる感想でしょう。
あなたにとって、戸田先生はその程度の存在なのでしょうね。
全くのご自由です。
私は、戸田先生は蓮祖と同じ境涯のお方であった、と信じております。
これも全くの自由です。
ちなみに、私は戸田先生の『青年訓・国士訓』を呼んだのは16歳の時でした。
強烈な印象に体が震えた事を、今でもよく記憶いたしております。
お書きになられたものを、面識の無い私が呼んでさえこれでした。
現実に、講義や講演をお聞きになられた会員の皆様方の喜びは、想像を絶するものであったでしょう。
本当にお会いしたかったです。
録音を聞く度に、身の福運の無さを嘆く毎日です。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板