[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
創価学会の功罪を考える
537
:
沖浦克治
:2003/11/01(土) 06:37
続きです
>しかも、朝、起きれば、寺の門前に本尊が捨てられていることなど、日常茶飯事で
あったことを、20年代から30年代に入信したひとならたいていご存知でしょう。
そう言う事はよくあったでしょうね。
然しながら戦時中の大謗法の厳罰で、法主が焼死するような宗門には文句など言う資格はありません。
文句があれば蓮祖のご遺命の如く、自らが折伏弘経に励めばいいのです。
『君たちは間違っている。私はこのやり方で10000万所帯を折伏している』と言えば、皆言うことを聞いたでしょうね。
>そういう事態を目の当たりにすれば、学会の折伏がどれほどいい加減なものかは、
だれにでも理解できることです。
拡大期です。
完璧な布教などはどの組織にも不可能です。
最もいいかげんなものは、宗門の信心の姿勢と布教態度でしょう。
戦時中の謗法を原点にしている宗門には、元々布教などは不可能です。
創価学会と離別し、はや12年。
戸田先生が会長就任をされた12年後の時点で、創価学会は600万所帯、宗門は現在20万程。
情けないにも程がありますよ。
数々の迫害にも負けず、現在創価学会には800万人程度残っています。
お荷物の宗門と離別し、今はドンドン増えています。
この事実が、勝敗を顕しております。
>僧侶の側からすれば、そのような折伏をする学会が、まっとうな信者であるわけ
がありません
我々からすれば、こんな僧侶がまっとうな蓮祖門下であるはずがありあません。
>彼らは、「学会員を差別する悪僧」として糾弾されたのです。
本尊さえあれば幸福になれる
本来ほとんどが、蓮祖敵対の悪僧の集団なのです、事実を述べているだけです。
また、糾弾などは現時不必要です。
捨てておいて、立ち腐れさせておけばいいでしょう。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板