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創価学会の功罪を考える

536沖浦克治:2003/11/01(土) 06:17
 三学無縁さん

>ひとつは、牧口創価思想を石山流にアレンジし、同時に、石山の坊さんたちの
信仰心を薄めさせたひと、というものです。

 元々宗門の僧侶に信仰心などはありません。
 藤本師が戦争に反対し投獄をされた際、宗門は彼の僧籍を剥奪いたしました。
 牧口・戸田両先生が同じく投獄をされると、信徒から除名をいたしました。
 自らは謗法に落ちぶれて神札を受け、対して、蓮祖のご遺命を守った在家、出家を切り捨てるところに、元々信仰心などはありません。
 あると思うのはあなたのご自由ですが、私は勘違いであると断定いたします。

>とくに学会の折伏による授戒の急激な増加と、「御供養」の大幅な増加は、
僧侶は布教しなくてもいいという錯覚を生じさせました。

 元々僧侶が布教を出来ないから700年間広まらなかったのです。
 戦後社会体制が整ってからでも、布教活動は在家である戸田先生が起こされました。
 この事実は、すでにこの時点で宗門が役割を終えていた事を、如実に物語っております。
 
>しかも、御書は学会が作ってくれるは、他宗との問答は学会がやってくれるは、
ごく一部の僧侶を除いて、多くの僧侶は、法華経も御書も富要も勉強することを
しなくなってしまいました。
 
 この点は仕方がありません。
 すでに役割を終えていたのですから、要求すること事態が無理と言うものでしょう。
 これは、目の見えない人に絵をかけ、と言っている事と同列の要求です。


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