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創価学会の功罪を考える

521犀角独歩:2003/10/31(金) 15:58

ジャンノレンさん:

“妄想”に関するご賢察、興味深く拝読しました。
精神医学で言う「補助自我」としての宗教の役割を「エス」も含めて心理面に広げ、個が集団へその幻想を追う様をつまびらかにされたものと拝察いたしました。

わたしは、この点をR・ミルグラムが『服従の心理』のなかでいう“代理状態”から権威組織への決定権の委譲を見てきたのですが、それとはまた違う観点として参考になりました。

わたしがここで考えたいのは、「不充足感の解消化を感じる理論や行動様式」と集団と、感じさせる“装置”の部分です。これは各人にとっては妄想を形成するものであり、妄想という言葉が悪ければ、集団幻想でも、「目標」「目的」と言っても言い方は何でも良いのですが、これらの感情を引き出すものが何であるのかを考えてみたいわけです。

集団浅慮、集団力学、あるいはグループダイナミクス、言葉は様々ですが、これら集団という場が提供するものは、事実とは別に仮設され、それをあたかも現実であると信じ込ませる“仮想現実”なのではないのかと仮定しています。

まったく実際的な行動が伴わないのに、「日本がもうすぐ広宣流布する」とか、「世界平和に貢献している」集団・指導者であると、なぜ会員はいとも簡単に信じ込んでしまうのか。この装置として、働いているのが組織が創作・演出する仮想現実ではなかろうかという仮定です。もちろん、わたしはこれを“仮定”と思っているわけではなく、これこそ、創価学会を含めた集団が会員を突き動かす第三心理操作の『台本』と舞台であると思うわけです。

この点は、どのようにお考えになりますか。


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