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創価学会の功罪を考える

37Libra:2002/04/05(金) 23:58
独歩さん:

> しかし、創価学会を含めて富士門僧俗は、御書根本なのではなくて、御書“独自解釈”根
> 本なのではないでしょうか。

 残念ながら、現状は、独歩さんのご指摘の通りなのだろうと私も思います。しかし、
「御書“独自解釈”根本」などというのは「御書根本」では決してありません。たとえ
<現状では忠実に守られていない>にせよ、今回の会則には「日蓮大聖人の御書を根本と
して」とはっきり書かれてあるのですから、これは<忠実に守られるべきである>と私は
思います。そして、「御書根本」を正しく実践する限りにおいて、「三代会長」を「絶対
者」とみなすことは誤りであると私は思います。そもそも、今回の会則で「永遠の指導者」
とされている牧口初代会長の精神から考えても、「三代会長」を「絶対者」とみることは
不可能だろうと私は思います。

  信仰的模倣時代から理性の時代へ(牧口常三郎)
  http://www.be.wakwak.com/~libra/024.htm

  依法不依人(牧口常三郎)
  http://www.be.wakwak.com/~libra/025.htm

 私は<「三代会長」を「絶対者」とみるような指導は創価学会には存在しなかった>な
どとは言っていないのです。むしろ、そのような指導は、「御書根本」に反するし、牧口
先生の精神からも外れているので、<存在していいものではない>と言っているのです。

> ただし、「宇宙生命論者であられるチョンガーさんが「日蓮教学」を正しく理解されてい
> るとは、私にはとても思えません」と言われるけれど、それとカルト性回避の方法論の提
> 示は、むしろ心理的方法論に係るものであるから、直ちに関連付けて批判するようなこと
> であると、むしろ、私には思えません。

 チョンガーさんは「唱題行を宣伝した事は、日蓮聖人の実績ですが、そこに付随して、
カルト教義を作り出してしまった。」と言われていましたが、私には全くそのようには思
えませんので、上のように述べさせて頂きました。


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