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創価学会の功罪を考える
278
:
愚鈍凡夫
:2003/10/21(火) 06:07
>>272
:沖浦克治さん、
こちらこそ言い過ぎた面があったように思います。その点謝罪いたします。
アネモネさんのレスと重複しますが、小生は歴史を重要なものと認識しています。
勿論それは、脚色し、捏造されたものではなく、事実としての歴史です。
嘗て、「小説・人間革命」の戸田さんが実像の戸田さんと勘違いしていた頃、戸田さんを尊敬していました。しかし、戸田さんの事を調べだして実像が見えてきた時、脚色された創価学会史に失望しました(小生は、何かを調べる時、自前で年表を作るようにしています)。戦時中、あたかも牧口さんと戸田さんが反戦平和を訴えていたかのように捏造し、学会史を歪めていった行為に、当時は怒りさえ覚えたものです。
所詮、ウソで固めた歴史は暴かれていくものです。インターネットが一般化し、ここだけの話と称する内部口コミ情報が通用しなくなり、創価学会の実像が世間に曝されるようになりました。これは、他の富士門系教団も同じです。故に、素直に過去の過ちを認め、事実を公表すべき時が来ているように思います。そうしないと、お互いの暴露合戦ばかりが先行して、教団としての求心力を失っていく結果になってしまうでしょう。そして、やがて富士門自体が更に細分化され、収拾がつかなくなるのではないでしょうか。
何時しか教団の存続にばかり気を取られ、肝心の民衆救済が等閑にされていくように思います。現在の宗創紛争を見る時、双方の信者が組織に愛想を尽かし、個人としての信仰に目覚めていく流れが一方にあります。そしてこの流れは、これからも続いていくでしょう。法を師とし、自らを拠り所とする事は、釈迦牟尼の教えでもあります。小生は、この流れの中に身を置こうと思っています。
沖浦克治さんがこれからも投稿を続けられるのであれば、宜しくお願いします。
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