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創価学会の功罪を考える
255
:
問答迷人
:2003/10/20(月) 08:38
沖浦克治さん
所用で一日不在にしておりました。
>戸田先生は世界一のお方でしたが、ならば何でも盲従しようとは思わないのです。
なるほど。是々非々で取るものは取り、捨てるものは捨てる、ということですね。
>信仰告知の意味が少し理解しにくいです。具体的に提示していただければ幸いです。
二例を挙げます。
三大秘法抄は、日蓮正宗、創価学会等では真蹟は無いものの、御書として、何の疑いも無く捉えられいます。そして、ところが、この書は、古来、その真偽が議論されてきた書です。
また、大石寺の戒壇板本尊は、古来、その真偽が疑われてきました。この掲示板でも、いろいろな観点から検証しましたが、日蓮聖人自らが建立されたとは考えられない、という結論にいたらざるを得ません。
これらを何ら、再検証することなく、日蓮聖人の真意として語り、広める事が果たして本当に民衆救済の行為なのか、私は単に信仰告白、信仰勧誘に過ぎないと思えて仕方が無いわけです。
日蓮聖人は「わが義智者に破られずば用いじとなり」と仰せられましたが、その前提には、文証、理証、現証の裏づけを磐石に固めておられたからこそ、言えたお言葉で有ったと思います。聖人は、京都、奈良、高野山その他に遊学せられて、根拠のある教えしか説かれなかったと考えています。磐石な裏づけに基づいた教えは、単なる信仰告白では無く、根拠に基づく議論で有ったと思うのです。
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