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創価学会の功罪を考える

252ガンコ:2003/10/20(月) 04:25

>ちょっと、創価学会・法華講経験者の皆さんに、お尋ねしますが、蓮師が御書の中で引用すると、天台の言葉でも、日蓮の言葉になる、こんな考え方が創価学会にはありましたか。237で、沖浦克治さんがそんなことを言っているのですが、どうなんでしょうか。
わたしは、創価学会、法華講共に経験しておりますが、こんな話は聞いたことはありません。

これを絶待妙というのかどうか存じませんが、我が顕正会ではわりとこのような考え方であろうと思います。
「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ。」
これを浅井は大聖人の御指南と言っております。また、「末法下種の寿量品には次の如く仰せであります」等と言って、寿量品を引用せられることもありましたし。
厳密にはどうか知りませんが、だいたい正宗系では、大聖人が肯定の意味で使われる文証はすなわち大聖人の御指南と拝する、というような暗黙の了解があるのではないでしょうか?

ああ、また批判されること書いちゃった。


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