したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

創価学会の功罪を考える

24いちりん:2002/04/05(金) 00:15
なんか日蓮主義って、深まれば深まるほどに「自分が正しい」という方向に行きやすいように思いますね。
自分の愚かさ、ろくでもなさに気づく方向に行きにくいですよね。

「予少量為りと雖も忝くも大乗を学す。蒼蝿驥尾に附して万里を渡り、碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ」(立正安国論)

自分は小僧だけれども、すごい信仰を持っているんだ。この信仰はすごいのだ。正しいのだ。すごい信仰をもってる自分はすごいのだ。正しいのだ。どうだ! ……と。

創価学会をみていると、基本教義は「自分たちは正しい」ということだと思えてなりませんね。
本尊が変わろうが、教義が変わろうが、とにかくかわらないのは、「自分たちは正しい」。
極端な話、日蓮信仰から親鸞にかわっても、「自分たちは正しい」というかもしれません。(笑

ブッダがよく説いていたことは、

「自分が」「自分のもの」という思い、「自分が正しい」という執着、そこがいちばんの煩悩のおおおもとだから、気をつけなさい。

──ということじゃなかったのかなあと思います。

PS
本圀寺のことは、サイトからのコピペです。わたしは、本圀寺には行ったこともないの詳しくありません。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板