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創価学会の功罪を考える
234
:
犀角独歩
:2003/10/19(日) 17:57
きょうがい きやう― 【境涯】
生きていく上で、人がおかれている立場。境遇。
「不幸な―にあった」
(三省堂提供「大辞林 第二版」より)
創価学会では以下の一般語彙を、信者の信仰の度合いを高低をつける用語として使用する。しかし、これは先に記したとおり、蓮師、真跡遺文のなかにその使用は認められない。また、真偽未決を含む御書全集にその範囲を広げてもその使用は認められない。では、天台書記文献ではどうであろうか。純天台資料にもこの使用は見られない。実際のところ創価学会発行の『御書辞典』にもその掲載は見られない似非仏教語である。
実際は、この語は「境界」と書いて「きょうがい」と読む。
たぶん、耳から聞いて勝手に境界を境涯と勘違いして定着しいまだに学会では使われているのではないだろうか。
さて、調べる限りでは、境界は、経典で2、純天台文献47にその使用例が見られる。ただし、全漢訳経典に当たったわけではないので、この点は批正をいただければ幸甚である。
文献は以下の通り。
【経典】觀普賢經、金光明經。
【釈文】安樂行義、維摩玄疏、維摩疏記、維摩略疏、金光文句、玄義釋籤、五百問論、五方便念、華嚴骨目、戒儀慧思、戒疏明曠、四念處觀、三觀義、次第禪門、止觀義例、止觀弘決、小止觀、仁王經疏、請觀音疏、大四教義、大乘止觀、文句記、菩薩戒疏、方等三昧、法界次第法華玄義、法華三昧、法華文句、摩訶止觀、無量義經、無諍三昧、國清百録、六妙法門、涅槃玄義、涅槃經疏、涅槃經南、淨土十疑、彌陀義記、搜要記、禪門口訣、禪門章、覺意三昧、觀音義疏、觀音玄義、觀心論、觀心論疏、觀無經疏。
この台学の系譜を受けて蓮師は、真跡で見れば、八宗違目、開目抄、千日尼御前御返事でその使用が見られる。もちろん、この場合でも、境界に高低などはない。
「境涯が低い」、無批判に言葉や概念を振り回すと、まことに珍妙な言説を弄する愚を犯すことになる好見本といえるだろう(莞爾)
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