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創価学会の功罪を考える

226愚鈍凡夫:2003/10/19(日) 01:42

「月月日日につより給へ・すこしもたゆむ心あらば魔たよりをうべし。」(聖人御難事)
の文証と、
「行解既勤。三障四魔紛然競起。」(摩訶止觀卷第五上)
とは、何故正反対のことを仰せになっているのか分かりません。
おごりや油断を戒めた『聖人御難事』の文と、障魔を恐れてはならないとの『摩訶止観』の文が、何故正反対の意味になるのですか。教えてください。

>それぞれあたえられた人の機根によるのです。
>『私は末法の本仏だ』との表現は何処にありますか。
>自分は本仏ではない、との表現は随所に見られます。
>これと同じですよ。

何が同じなのですか?

> 全体感にたって戸田先生の教えを拝さねば、真実は見えてきません。

とは、たとえ戸田さんの指導でも、都合の悪い指導は無視するようにとの意味ですか。
失礼ですが、敢えて言わせてください。

> 木を見て森を見ずのたぐいですね。

とは沖浦克治さん御自身のことではありませんか。


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