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創価学会の功罪を考える

212愚鈍凡夫:2003/10/18(土) 15:02
横レス失礼します。

1950(昭和25)年08月24日 戸田城聖、理事長を辞職。後任に矢島周平。

「戸田、夏季講習会にも出席せず、一時は城聖の名を城正と変え、雲隠れ。
『戸田の破産は多くの会員を動揺させ、彼に出資していた一部会員を離反させたばかりか、中には数十世帯を集めて分派を結成するものさえ現われてきた。』」
(『堕ちた庶民の神』P91)

「戸田城聖『二一年に法華経の講義をしたんだが会長だけはいやだった。だから二六年五月まで七年間、会長はなかったんだ。私がなったのはその時どえらいバチを受けたからだ。そのバチというのは、その頃、ぼくは東京建設の専務理事をやっており、また「少年日本」「ルビー」「冒険少年」という雑誌を出しておったが、しこたま損をしてこれをぶっつぶしてしまった。雑誌の方は七、○○○万円程の借金ですんだが、東京建設の方は刑法上の問題となったんっだ。それで会長になる前に死にぶつかったわけだ。仏法の力と国法の力とどっちが勝つか? 仏法が勝てばきりぬけられる。この境涯が正しいと証明されれば会長になる。そのどちらかをためされたわけだが、うまくきりぬけられた。』」(『宗教と信仰の心理学』 P36)

「戸田城聖『信仰が現在の生活と無関係ならそんなものはやることない。トクであるから信仰するので、トクがないならそんなものはやめたらよい。』」(同P36)

所詮、これが戸田さんの宗教観ですが、創価学会員にとっては、これもデマ・捏造の類なんでしょうね。


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