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創価学会の功罪を考える

209沖浦克治:2003/10/18(土) 07:47
 蓮祖は化法の広宣流布をなされ、化義の広宣流布は後世の我々にご遺命としてお残しになられた。
 『戒壇とは王法仏法に冥じ仏法王法に合して王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて有徳王覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時勅宣並に御教書を申し下して霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か時を待つ可きのみ事の戒法と申すは是なり、』
(三大秘法禀承事)
 戸田先生はこの『時を待つべきのみ』に付いて、『時が来たら化義の広宣流布をお前たちでやれ、と大聖人様がご命令をされている。今がその時だ。私はそれをやるために生まれた来たのだ。』と仰せです。
 言うまでもなく、蓮祖の法は民衆のための法です。
 国家権力で強制し、布教するような低い教えではありません。
 一対一の対話の中で折伏をし広めるべき、人間を中心にすえた人類最高の教えです。
 故に、信教の自由が保証された民主主義の世の中が日本に出現するまでは、化義の広布の時は来なかったのです。
 大法の興隆すべき時は仏法まさに穏没せんとするときであり、民衆が途端の苦しみにあえぎ大法の興隆を望む機根が民衆の中に湧き上がる時でもあります。
 戦争に敗れ、国民はどん底の不幸にあえぎ、蓮祖の法はまさに穏没せんとしたその時、日本に民主主義が生まれ、時を同じくして戸田先生が牢獄の中から『我地涌の菩薩の棟梁なり、』と宣言してご出現になられたのです。
 『日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつたふるなり、未来も又しかるべし、是あに地涌の義に非ずや、』(諸法実相抄)
 まさにこのご文のままのお振る舞いです。
 立宗よりちょうど700年目に、創価学会は戸田先生により宗教法人として発足をし、化義の広宣流布の出発がなされました。
 これまさに、時の不思議です。 
 生命論の理解が出来ない、いわゆる理論だけの人間には、戸田先生の何たるかは永久に理解は出来ないでしょう。
 御書全体を、現代の立場から全体感に立脚して解釈をすべきことです。
 これは、日蓮原理主義者の集団には不可能事ではあります。
  戸田先生がご出現になられず、またその後を池田先生がお継ぎになられなかったならば。
 熱原のの三烈士の名前も、四条金悟も、太田入道も、南条時光も、寛師も、有師も、蓮祖がご本仏であられることも、興師が唯受一人であられた事も、戒壇様のご存在も、ご本尊様の功徳も、何もかも今の世に伝わらなっかた事は、間違いがありません。


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