したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

創価学会の功罪を考える

1941悟道掴悟空:2010/05/14(金) 10:37:47
この世の不思議は、全て変易生死(へんにゃくしょうじ)というもので考える事ができます。
分段生死は六道輪廻の狭間で悟れない出世を繰り返すという凡夫にはつき物の生死観ですが、
変易生死は四聖(ししょう)の活発な悟りで、三世自在の時を撰べる生死をする事ができます。
ただ、制限があって、
過去に行く場合はその現在においての定まった条理しか路にする事はできない。
未来に行く場合は、その過去現在を否定できない。
となります。
故に日蓮聖人様の「過去・現在・未来といっても、全く同じである」という理論が確実な結びとなりますね。

オカルトではありませんが、「ノストラダムスは未来から過去に生死を繰り返した」なんてありますけど、そこから考えると変易生死と理論がぴったり一致します。
ただ、弱点があって、時流にそってそうではない場合、簡単に空論になってしまいます。

霊というのは実在します。
「仏の三十二相」といいますけど、三十二相は誰しもが兼ねて備えています。それが不足している場合、人世間に往生できない。そのため霊となってしまう。
善霊は驚かせて精としないために神と同じ働きを生みます。南無妙法蓮華経では、追善供養で作仏するのはこの理論だと思われます。

現在宇宙科学を科学学会では活発に研究されていますが、宇宙の真理は釈尊の悟りであられる「宇宙即我・我即宇宙」を超えていません。過去・現在までの研究はほぼ完了済みで、未来も含まれている事実を完璧に理解すれば、それは悉く自分に過ぎないという生命の働きを鑑みる事ができると思います。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板