したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

創価学会の功罪を考える

193無徳:2003/10/01(水) 22:13
愚鈍凡夫さん今晩はレスが遅れてすみません。

執行海秀氏といえば主に最蓮坊に与えられた本覚思想的な要素のある遺文や、
百六箇抄や本因妙抄さらには御義口伝と言った口伝法門等を悉く偽書扱いし
た事で知られる、浅井要麟氏に立正大学において師事したとされています。
したがって、執行海秀氏は浅井要麟氏による文献批判の影響を多大に受けて
いる可能性があります。

しかし、現在の日蓮宗学においては、日像による『祈祷経之事』や日進によ
る『立正観抄』の書写等の事実から最蓮坊架空説が斥けられると共に、浅井
要麟氏の真偽判に対し田村芳郎氏が日蓮の思想を「守・破・離」の三分説に
あてはめ、日蓮における天台本覚的遺文の存在を認めています。

私的に解釈すれば天台本覚論をとりあえず受容し用いるところを「守」とし、
それを打ち「破」り止揚するところを「離」と名づけたのでありましょう。

執行海秀氏による

①『御義口伝』が録内御書に漏れているのは何故か?

については、御義口伝の分別功徳品の第廿七無作三身の事には「三摩耶とは
合掌なり秘す可し秘すかし」とか、妙音品三箇の大事の中の第二肉髺白亳の
事では、生の始の赤色は随縁真如の智死後の白骨は不変真如の理なり秘す可
し秘す可し」または普賢品六箇の大事の中で「秘す可し秘す可し唯受一人の
相承なり、口外す可からず」とあり、秘伝ゆえに口外す可らずとされていた
故に、宗祖滅後の上古においてはあまり知られる事が無かったのかも知れま
せん。

②日隆師の『本門弘経抄』にも漏れているのは何故か?

についてはよく判りませんが、弟子の日経師が「不審極り無き事之れ多し、
但本に任せて之を置くのみ、堅固に之を秘すべき処なり。努々聊爾すべから
ず。聊爾すべからず。」としながら書写したが、日隆師は秘伝ゆえに軽々しく
扱うのを避けていたのではありますまいか?

⑤蓮祖が本弟子6人を定められたのは、弘安5年(1282)10月8日であるのに、
弘安元年(1278)戊寅正月1日の『御義口伝』に
「六老僧の所望に依って老期たりと雖も、日蓮が本意の一端護義せしめ畢んぬ」
とあるのは何故か。

については、大石寺の古写本である元亀の写本に、「補註」の文字があると
されていますから、日興上人が後に補注されたおりに書き加えられた可能
性もあるかも知れませんがよくは判りません。

どちらにしましても、文献学という科学的方法による文献考証は大切であり
これ無くしては玉石混合を招きかねませんが、逆に文献至上主義に陥ります
と10%の疑いで90%の真実を失いかねません。最蓮坊の件がそれをよく
表しているといえましょう。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板