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創価学会の功罪を考える

1904犀角独歩:2007/05/23(水) 07:38:06

―1903からつづく―

> 学会の生命論

先だって、松本修明師と話す機会がありました。そのとき、この「生命」語について、話題になりました。この語を日蓮門下ではじめて使ったのは里見岸雄であると、伊藤瑞叡師が語っていたということでした。「国立戒壇」語をはじめて使った田中智学の三男です。つまり、戸田さんは、国立戒壇も、生命も、みなこの系統からパクッたことになります。ちなみに「人間革命」という四字熟語は、堀日亨氏ご愛読の民間療法・健康法を記した本の題名でした。それを見て、戸田さんが「これだ!」と思ったかどうかわかりませんが、この人物、パクリに関しては天才的素養を発揮したことになります。

> 「仏性」や「本仏」語を「生命」に置き換えている

まあ、そうとも言えますが、日蓮門下の系譜から考えるとき、「生命」語に該当するのは、むしろ、「霊」です。福重照平の『日蓮本仏論』などを読んでも、「霊」語の使用は頻繁であり、富要でも、この点は同様です。もっと言えば、日蓮その人、天台文献もしかりです。

> スピチュアルと生命主義や日蓮宗学とは、本来相性が悪いと思う

これは、そうでしょうね。スピリチュアリズムというのは、外来思考ですから。
現在、スピリチュアルは「霊性」と訳されるわけです。しかし、意味的には、精神的な意味でのたましいの用法が先行していました。霊歌などもそうです。
日蓮が言う「たましい」は神という字を充てるわけですが、この用法と、いまでいうスピリチュアルは天台学の捌きを差し引けば、よく似ています。

> 日蓮系がまったく「スピチュアル」を取り入れてないかと言えばそうではなくて、佼成会や霊友会などには間々見られます。

この理由は、前項に記したことと無関係ではないと思います。

> 「スピチュアル」…「守護神」…「善神」…同生天・同名天の倶生神ぐらい

まあ、スピリチュアリズムというのは、神を意識したものと、まるで意識しない流れもありますね。守護神という考え方は、しかし、実に日本的ですね。唯一絶対の神を立てるような文化圏では、こんな考え方は成り立たないわけです。

> 「今度頚を法華経に奉りて其の功徳を父母に回向せん其のあまりは弟子檀那等にはぶくべしと申せし事これなりと申せしかば、」

これは逆修についての引用だと思いますが、わたしは、文字通り、回向 ― 自分の積功累徳を衆生に回り向かわせるということだと考えます。

> 種種御振舞御書は偽書と御考えですか?

この書の研究は、種々なされていますが、真筆と偽書の継ぎ接ぎを巻子にしたものであったわけですね。全文が偽書とは思いませんが、かなり混入があり、全体を信頼するわけにはいかない本であると思っています。

> …古来日本人も「黄泉の国」を水平方向に考えていた

これは、わたしも、この手の文献を読んだ記憶があります。


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