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創価学会の功罪を考える

1903犀角独歩:2007/05/23(水) 07:37:38

マハーさん

> 「十三回忌」、そして、日蓮門下への「入道制」を取入れ、これは逆修からのものと思います

なるほど、“逆修の文化圏”から御覧になると、そう映じるかも知れませんね。
日蓮宗一般では行われていることですから、同じように考えられているかも知れません。ただ、ここ富士門下、殊に創価学会を含む大石寺圏からすると、回忌法要は回忌法要、入道は入道で、そこに逆修との脈絡を見ないということになります。

> 「本地大日如来に法華経の威光によって地獄の罪障消滅」を予め追善
> 入道は「死後に備えて在家のままでの出家」

これも創価学会を含む大石寺圏では、このようには考えられてはいません。

> 文献的視点で言えば偽経…偽経の「地蔵十王経」…偽作の「逆修日記事」…日蓮遺文の偽作も多い

まあ、伝承の編纂ですから、それをまとめた方も偽作という認識がないのが経典創作ですね。この点は『日本国現報善悪霊異記』などでも同様でしょうね。
ただ、日蓮遺文、漫荼羅の偽作は、故意であると考えざるを得ない節があります。

> しっかりとした認識の上でその文化の在り方を見直すことも必要

そうですね。ですから、ここでは徹底した挙証義務を課して議論をしてきたわけです。

> 日蓮は民に根付いた民俗信仰を否定せず包容しながら法華経を宣揚したのだと思います。

法華開会ということですね。


> 荼毘にし遺骨とすることはかなり特殊なこと

そうだと思います。

> かなり特殊だと思える…佐渡の住人が身延に墓所を持つ

浄土門でも、本山に分骨奉納という慣習が見られますが、わたしは寧ろ、このような風習は案外、あったことなのではないかと考えています。

> 薬王菩薩…舎利供養の対象から菩薩としての修行者は外れている

なるほど。この点は確認していません。少し調べてみようかと思います。
もし、この線から考えると、門下では日蓮を菩薩と考えていたわけですから、その遺骨と墓所の解釈は、では、どうなのかという視点が生じますね。

> 大石寺の舎利塔…偽遺骨と御考え…客寄せ威厳付けの目的だったのでしょうか?

ええ、もちろん、そう考えています。
そもそも、重須文献では遺骨が富士にないことは明らかです。それがいつの間にかあることになった。それも、その遺骨は半分しかないわけですね。
もう、かなり古い議論ですが、わたしはこの遺骨半分の記載を通じて、石山にある日蓮のものという遺骨は日目のものであると仮説を立てました。

垂井で荼毘に付された日目の遺骨は、半分ずつ、日尊は鳥辺野に埋葬し、一方、日郷は富士に持ち帰りました。ところが、日郷の持ち帰った日目の遺骨はなくなってしまいます。わたしが石山について嘆息を禁じ得ないのは正式な日目の墓所がここにはないことです。つまり日郷が持ち帰った半身の日目遺骨がない、ところが、石山が日蓮遺骨と主張するものもまた、“半身”のわけです。
故にいつの時代からか、日目の遺骨が日蓮の遺骨といわれるようになった経緯があったのではないのかと、わたしは考えています。
そして、身延の遺骨を「馬の骨」と悪し様に言うようになる頃には、日興が日蓮の遺骨を持って出たと主張する、得意の嘘つき体質が露わになったと言うことでしょう。


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