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創価学会の功罪を考える

1898犀角独歩:2007/05/09(水) 07:25:19

―1897からつづく―

> 真如苑…「一闡提に堕ちる」…「一闡提」語句そのものへのわからない恐怖感が強く残ってしまう

「一闡提」語の用法は独特ですが、特定語の恐怖操作は、ありがちな操作ですね。

> 私はここで、各自の檀那寺、菩提寺と、新興宗教団体の教義との一致性を取り上げてる

これは了解しました。

> 檀那寺での戒名でなければその寺に埋葬出来ないシステムに胡坐を続けるのも問題です。

まあ、ここはどうでしょうか。自治権に関わる問題ですね。
取り敢えず、長くなるのでスルーします。

>> 創価学会に眉をひそめることはあれ、見習おう何て人がいるのですか
> あるでしょうね。

そのご見解ですか。
こう記せば、少しコンセンスが取れるかも知れません。
わたしが創価学会の影響を評価しないのは、特定グループののプロパガンダには引っかからないという前提です。この点はマハーさんも同様ではないでしょうか。要は、創価学会の友人葬は日本社会の葬儀に大きな影響を与えている=創価学会はすごい、という学者を担ぎ出してのお祭り騒ぎには慎重に傍観するという立場だからです。

> 真如苑では「六時教判」なる教学…法華涅槃部を更に分けて涅槃最勝とする

六時教判という言葉は、笑止千万ですが、涅槃最勝は天台が出現した前夜の中国仏教の在り方そのものですね。
故に華厳ばりであった天台が法華最為第一を打ち出すに当たって、華厳経を籍り、涅槃と法華の同時としなければならなかったのであろうと考えています。

> 私が創価学会のみを批判して大石寺を許認するのは難しい

これは当然のことでしょう。

> 真如苑を批判するならば、同時に真言宗醍醐派をも批判することになってしまう…脱苑者の心理的ストレスを増幅させる可能性も孕むと思い躊躇せざるを得ないところです。

慎重を期すことはけっこうなことだと思います。
ただ、真言宗醍醐派を批正するという側面は、それなりの興味を誘いますね。


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