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創価学会の功罪を考える

1893マハー:2007/05/07(月) 20:16:43
>> …創価学会の成功のひとつのカギに、新興宗教でありながら、「自前の葬儀システムを持つ」…ファクター…大正デモクラシー以降の新宗教と伝統仏教団との大きな差とも取れます。
>これは何か勘違いなさっていらっしゃいませんか。

それこそ私の文章が酷いので伝わらなかったようです。(笑
日蓮正宗創価学会が、日蓮正宗の末寺で葬儀することは、自前の葬儀システムを持つことになります。私はここで、各自の檀那寺、菩提寺と、新興宗教団体の教義との一致性を取り上げてるのです。 例えば、「親鸞会という宗教団体に所属しているけれども、葬儀の時は菩提寺の日蓮宗で行う」と言った場合は内在的な矛盾を抱えている事になり、2代目、3代目は尚更 連綿が難しいのではないかと言うことを言いたかったのです。
これは、必ずしも信仰と葬儀の形式が一致しなければマズイと言うことではなく、寧ろその教団において「信仰と葬儀形式を一致させることも出来る手段」を持っていることの方がより重要です。つまり、「他宗菩提寺での葬儀は致し方ない」けれども、信仰心が強ければ、「一番良いところでの葬儀を行ってもらえるのよ」と言った具合ですね。つまり新興宗教団体側は葬儀形式を持った伝統仏教側と少なからず水密関係を築くメリットは大きいと私は見ています。

>こんなまやかしは現代人の仏教離れの原因ということでしょうね

伝統仏教がその布教活動を積極的に行わないのが一番の原因であるのですけれども、檀那寺での戒名でなければその寺に埋葬出来ないシステムに胡坐を続けるのも問題です。

>創価学会に眉をひそめることはあれ、見習おう何て人がいるのですか

あるでしょうね。例えば、「大山ねずが神教の葬祭を行い、公営墓地で埋葬する」なんてのに違和感がないでしょう。

>> オモチャのような教義ほどより恐い
>創価学会が拝借している石山教義と歴史、本尊をがっちりと批判していますよ

話は脱線しますが、真如苑では「六時教判」なる教学が存在します。法華涅槃部を更に分けて涅槃最勝とするのですが・・・笑ってしまうような話ですが大真面目です。
現代においてどのような教義を説こうがそれは自由です。ただし、それが恰も何百年以来の伝統的教義であるかの如くの教説は嘘になります。そうなれば、例えばそう言った教義を許容した水密関係側にある仏教団も当然批判の的とされて然るべきと思います。私が創価学会のみを批判して大石寺を許認するのは難しいと言ったのはそのような意味です。真如苑を批判するならば、同時に真言宗醍醐派をも批判することになってしまうのですが、脱苑者の心理的ストレスを増幅させる可能性も孕むと思い躊躇せざるを得ないところです。


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