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創価学会の功罪を考える

1890マハー:2007/05/07(月) 19:39:52
>> 私は日興が舎利を捨てて場所を取った
>え? これはわたしが、そう考えているということでしょうか。
>日興は、舎利(遺骨)も場所(身延)も捨てたという指摘です。

私(マハー)が前レスおいてに「日興が舎利を捨てて場所を取った」との意見でした。
舎利がなくても、「別場所でも墓所としての供養が出来るのでは?」との意見でした。しかしこれは、日興に「遺骨崇拝」の意識が低いことが前提であり、私は日興門下が先祖供養に積極的でない門流のイメージであったためです。

>今日的には遺骨の実質的な保管とメモリアルという側面からの認識が一般的

現代の墓石に関して、遺骨の保管という面から長い目で見ると、本当はあまり好ましい環境とは言えないと思うのですが、記念碑的な認識が一般に広がってきた感はします。

>ここに日蓮の遺骨と魂の関係は明瞭です。如何ですか。

ええ、確かに浄霊や祓いでない。仏教的な舎利供養ですね。
少し日蓮に対して安心しました。
亦、戒名と諡号の件、独歩さんの仰る意図了解致しました。
順修戒名の普及にはその前の逆修戒名の成り立ちがあるわけです。
戒名に限定せず、「逆じめ修める」という考え方と死後とを考える事は無駄ではないと思いますし興味もあります。日蓮の専門家の方々は、「逆修」についてはどうのように御考えになりますか?
私は、日蓮はこの逆修思想を強く打ち出してるイメージ、(例えば、「地獄の責め苦を今に受ける」など)であると思うのですが、どうですか?
例え「除霊」や「悪魔祓い」のような発想が直接的にはなくても、この「逆修」の発想はそれにより近い部分があると思います。


>ここで中間・冥界・霊界を同一に論じられては混乱が生じます。

そうですね。特に「中間」語句の使用をやめて中陰または中有としましょう。
現代一般用語で「冥土」を解釈すると、「裁判と実刑の期間」のようなイメージになりましょうか。
中有と冥土が別とはどういったことでしょうか?
期間と場所を指す違いこそありすれ、同じように思えますが。


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