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創価学会の功罪を考える
1875
:
犀角独歩
:2007/04/29(日) 11:29:05
―1874からつづく―
「一御所持仏教の事 御遺言に云く。
仏は釈迦の立像、墓所の傍に立て置く可し云云。
経は(私集最要文註法華経と名く)。
同く墓所の傍に篭め置き六人香華当番の時之を見らる可し」(日蓮聖人御遷化記録)
ここにはっきりと「墓所」とあります。遺骨が埋納されたのか、真骨堂に容器に容れて堂宇に安置されていたのか、それは明瞭ではありませんが、ともかく、遺骨を置き、その傍らに仏(釈迦立像)教(注法華経)を置く様式を、日興は「墓所」と明記しています。また、その前段に
「定
墓所守る可き番帳の事(次第不同)
正月 弁阿闍梨
二月 大国阿闍梨
三月 越前公 淡路公
四月 伊予公
05145
五月 蓮華阿闍梨
六月 越後公 下野公
七月 伊賀公 筑前公
八月 和泉公 治部公
九月 白蓮阿闍梨
十月 但馬公 郷公
十一月 佐渡公
十二月 丹波公 寂日房」
マハーさんの前提は、墓というより、墓石への重視がありますが、それはマハーさんの思惟でしょう。日蓮とその門下の思惟は、重点は遺骨・仏像・注法華経にあります。真骨堂に参る門下も御堂や墓碑を崇めているのではなく、遺骨そのものを崇敬しています。
> 「墓番」と「墓参り」はイコールではないのではないでしょうか?
イコールでしょう。香華を捧げ、経を上げることがその勤めであり、その‘墓’参する場所を守る順‘番’を「墓番」というのでしょう。
>日蓮在世に、死した後に檀那に法号を授ける例があったのでしょうか?
ないと思います。法号にせよ、その後の戒名にせよ、それは受戒の段階で弟子・檀那と認められたことをもって授けられるの本来の在り方でしょう。それを死後も使うわけですから、いまの在り方は違っています。
ただし、日本では諡号という慣例があり、これが転じて死後戒名という様式に発展したのではないでしょうか。しかし、この点は日蓮とは無関係でしょう。
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