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創価学会の功罪を考える
1871
:
マハー
:2007/04/28(土) 19:11:22
>墓を参る考えが日蓮以来弟子に継承されたこと
墓石がなかったとすれば、遺骨は御堂安置であった可能性はどうでしょう。
「墓番」と「墓参り」はイコールではないのではないでしょうか?
>ただし、法号はありましたし
日蓮在世に、死した後に檀那に法号を授ける例があったのでしょうか?
若しあれば御教え下さい。
>日蓮が晩年に「霊山浄土」に死後に託した
これが日蓮の「別世界」の想定なのかどうか非常に気になるところなのですが、霊山は法華経、または釈、論に見られる部分からの解釈かと思います。
>しばしば消息文に見られる親の遺骨を頸に懸け、日蓮の許に訪れた話は、当時の遺骨に対
>する思いを物語る
逆に在家に墓がなかったことを物語っているとも言えます。「道場におさめる」のでしょう。
遺体に対して「穢れを祓う」という一般的な感覚に対して仏教的な行動をとったことを褒めているのではないでしょうか?遺骨に対する思い入れとは必ずしも繋がらないと思います。
>それは当然持っていたでしょう。
やはりそう思いますか。
>まして『法華経』>には「其人命終 入阿鼻獄」等の明文があるわけです
日蓮の言う「阿鼻獄」は、往生要集の影響を受けた地獄の発想であって、ナラカをそのまま受け入れているののとは違うとも思います。
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