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創価学会の功罪を考える
1866
:
犀角独歩
:2007/04/27(金) 20:17:23
マハーさん
> 「日蓮の遺骨のある場所には日蓮の魂(霊)が眠っている」
このような思想が日興にあったのだろうか?と…
どうでしょうか。ただ、この論の立て方は舎利を大切にすることと一概につながらないのではないでしょうか。自分の師匠の舎利であれば、そこに魂とか霊が眠っているとみなくても大切にするのではないでしょうか。
たとえば、現代人が無宗教で肉親の遺骨に霊をみなくてもゴミと一緒に捨てたり、放りだしたりはしませんでしょう。
ですから、
> 日興にこのような思想がなかった…墓の場所に拘る必要はない
という想定は意味をなさないのではないでしょうか。
また、日興は当初、そのような人ではなかったと思えます、何となれば、墓番のために身延に登山したのですから。
> 五老僧が墓番を守らない理由も納得が行きます。
これまた、遺骨に霊魂が眠っていないと五老が見たかとは別の話ではないでしょうか。
第一、日向は最期まで貫徹したかどうかは判然としませんが、日興が出て行ったあと、遺骨を守っていたのではないですか。
> 「墓を参る」思想などなかった
これは違いませんか。なぜならば宗祖御遷化記録に墓番を定めています。つまり、墓を参る考えが日蓮以来弟子に継承されたことを物語っているからです。
> 順修戒名もこの時代ありえません
ええ、戒名は中世に曹洞宗系列で発生したものでしょう。
ただし、法号はありましたし、死後の安泰という点では、漫荼羅にその託した部分もあったでしょう。また、日蓮が晩年に「霊山浄土」に死後に託したこともこの関連から窺われます。ただ、それが墓につながるかどうかといえば、それはもちろん、イコールではなかったでしょう。しかし、自分の遺骨の安置場所と護持の仏(釈迦立像)・経(注法華経)を一カ所にまとめて保管することを遺言したことは、自身の遺骨を含めた遺品をもって弟子の信仰と修行の資とすることは意図したことを意味しますから、けっして、遺骨を軽視したということではなかったでしょう。また、しばしば消息文に見られる親の遺骨を頸に懸け、日蓮の許に訪れた話は、当時の遺骨に対する思いを物語るものであると思えます。
> 日蓮は実は似たような「地獄世界」を持っていた
それは当然持っていたでしょう。如何となれば、日蓮は「念仏無間」というのであって、この無間とは無間地獄の略であることはもはや疑いの余地はありません。まして『法華経』には「其人命終 入阿鼻獄」等の明文があるわけです。
>> 何をもって‘伝統仏教’と呼ぶのか
> 一応ここでは全日本仏教会と定義したいと思います。
そうですか。しかし、これでは難しいでしょう。
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