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創価学会の功罪を考える
1861
:
マハー
:2007/04/25(水) 23:05:01
独歩さん
ご返事感謝致しします。
>> 墓石はそれほど重要なものではなかった
>どうでしょう。五輪塔のようなものが既にあったのでしょうか。
ええ私も墓石はなかったのではないかと思います。若し考えられるとすれば小さな木造か石かの五輪塔だろうと思います。これは、頼朝の墓が五輪塔であった(伝説的)とすれば日蓮も知っていただろうと考えたからです。
>日興はかつての自分の言で自らを批判される矛盾
独歩さんの仰る理論展開はすっきりしてますね。矛盾だと思います。
しかし例えばですが「日蓮の遺骨のある場所には日蓮の魂(霊)が眠っている」
このような思想が日興にあったのだろうか?と…
私はこの部分を知りたいのです。
鎌倉時代の日興にこのような思想がなかったのであれば、矛盾ではありますが墓の場所に拘る必要はないと試想してみました。また五老僧が墓番を守らない理由も納得が行きます。
そもそも「墓を参る」思想などなかったのですから。当然ですが順修戒名もこの時代ありえません。しかし入道を認めているのであれば「死後の安泰」に対してのなんらかの世界観を有していた筈です。八大地獄抄は確かに偽書かも知れません。酷い内容と思います。しかし日蓮は実は似たような「地獄世界」を持っていたのではないでしょうか?(本当はこの私の主張を否定して欲しかったりするのですが)
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