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創価学会の功罪を考える
1855
:
パンナコッタ
:2007/04/20(金) 22:54:46
>「十王信仰」を許容して行くとの方向
と言うより、"その要所要所を切り取り、自然に信仰体系に組み入れる"ような
ニュアンスだと思います。
通常、地獄観などは信徒を律するのに有効な要素の一つになり得ますが、
ある意味、進化させた形で会員を教団に縛り付ける要因の一つになっていますね。
(カルト的と揶揄される部分ですね)これがマハーさんがおっしゃる
"十王信仰"の意味合いの部分であるなら、これを活用して教団を巨大化させた訳ですから
これからの組織維持にも、無くなる事はないでしょうね。
年忌法要などを続けるのは、日蓮正宗の信仰形態から完全に脱していない、脱せない
ひとつの証でもありますね。
"意味合いは本当のところ判らないが、なぜやらない"と、古くからの信徒の声を
無視できないと言ったところも、あるでしょう。
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