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創価学会の功罪を考える
1737
:
犀角独歩
:2005/08/09(火) 18:37:17
パンナコッタさん、有り難うございます。
そうすると、当初のものよりは少し品質が改善されということでしょうか。
わたしは見たものはまるでラミネートという感じでした。
まあ、表装は中世以降のことで、当初は板張り、もしくは幡のように靡かせていたというのが中尾師の御説ですから、必ずしも、表装がただしいというわけではありませんが、しかし、布の模様まで一括印刷というのは、何か面白い作りですね。
一応、草木成仏という流れから紙幅と言うことがあると思うんですが、そこにビニールをかけてしまうといきなり無機質という印象がします。もっとも数十年前、九州のメンバーは船で登山をしており、各客室にあるテレビに漫荼羅本尊を映して、拝んでいたなんて話を覚えています。ここらへんは学会は実にあっけらかんとしていますね。
ビニール製品は化石燃料、元をただせば生物だという居直りもできるのかも知れません。それにしても養師相承との関わりというような因縁は授与書きを消せば、その因縁も消えると言うことでしょうか。ただ、この点は、もはや石山は批判できないと思います。というのは、わたしが所属していた寺院では寺院本堂の板漫荼羅の「願主・法華講総講頭/創価学会会長池田大作」を膠か何かで練ったパテで埋めて、黒く塗ってわからなくしていました。やっていることは同じだということです。方や、「猊下」の許可があるからいいというのでしょうが、似たり寄ったりというところですね。
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