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創価学会の功罪を考える
1609
:
パンナコッタ
:2005/03/24(木) 16:30:54
続きの続き
『私が取り組んだ長期的なプロジェクトの一つが「御義口伝」の英訳であった。
池田会長の著作を頼りにして、翻訳に励んだ。1990年代、私はこの仕事に
忙殺された。この翻訳書は最終的に2004年末に、英訳《御義口伝》
〈The Record of the Orally Transmitted Teachings〉という題名で、創価学会
から発刊された。
一般に、仏教を論じる中国や日本の著作家や講演者たちは、好んで「即今」
(今まさに)という言葉を使う。彼らがこれによって表現したいのは、「仏教の
教えは、あなた個人にとって、たんなる教義上の理論としてではなく、あなたの
人生そのものの中で、”今まさに”どんな意味をもっていますか?」ということ
である。
「御義口伝」で日蓮大聖人が言われていることは、本質的にこうした性質
のもののように私は思われてならない。
大聖人は、釈尊の生涯や時代というコンテクスト(背景)から、法華経に
説かれた物語や思想を取り出して、それらが聴衆の人生や時代にどのように当て
はまるかを示そうとした。聴衆とは、末法と呼ばれる鎌倉時代の日本人であり、
同時に場所と時代を問わず、”今まさに”いたるところにいる、あらゆる人々
なのである。
「御義口伝」へのこのような捉え方が私の翻訳の基本である。私はそれが間違い
ではないこと、そして私の翻訳が英語圏の読者たちにこのことを正しく伝え得る
ことを、心から望んでいる。』
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