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創価学会の功罪を考える
1493
:
愚鈍凡夫
:2005/02/20(日) 21:17:42
犀角独歩さん、どうもです。
> 当掲示板は身延派の謀略舞台に占拠されているなんて書かれていました(爆笑)。
「謀略舞台」、あまりの面白さに小生メモってしまいました。
メモメモメモ_φ(._.φ(゜-゜;φ(._.φ(゜-゜;φ(._.φ(゜-゜;)カキカキカキ
名無し@富士門流さん、今晩は。久しぶりに「聖人御難事(1279(弘安2)10月)」を読んでみました。
「清澄寺と申す寺の諸仏坊の持仏堂の南面にして午の時に此の法門申しはじめて今に二十七年弘安二年[太歳己卯]なり、仏は四十余年天台大師は三十余年伝教大師は二十余年に出世の本懐を遂げ給う、其中の大難申す計りなし先先に申すがごとし、余は二十七年なり其の間の大難は各各かつしろしめせり。」(「聖人御難事」学会版P1189)
この文が蓮祖自身、出世の本懐を遂げたことを宣言した文証であるなら、そのあとに、27年間の辛酸の日々を振り返り、ご自身が"法華経の行者"であるとの確信を述べられていますが、出世の本懐の中身には一言も触れていないのは何故でしょう。まさか、1275(文永12)年3月の「阿仏房御書(偽書)」に一機一縁の漫荼羅が蓮祖の出世の本懐であると記されているから「聖人御難事」には敢えて記さなかったとでもいいたそうですが。
「あまりにありがたく候へば宝塔をかきあらはしまいらせ候ぞ、子にあらずんばゆづる事なかれ信心強盛の者に非ずんば見する事なかれ、出世の本懐とはこれなり。」(「阿仏房御書」学会版P1304)
やっぱ、最期の最期まで言い張るのが、石山の処世術なんですね。
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