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創価学会の功罪を考える

1464犀角独歩:2005/02/16(水) 11:49:51

まあ、しかし、少し仏教に関する教養と常識を持ち合わせた人であれば、呆れ果てる内容といえるでしょうね。これが創価学会の一般会員向けのスケールなのでしょうか。せっかく、大学を作ったり、優秀な学者を出版などで採用しても、これでは、致し方ありませんね。

過日の研究会で、島田先生も日蓮遺文の勉強を始めていることを披露し、小松邦彰師の遺文講義に参加していることを告げておられました。ここで使用されているのは、確実な真跡のみを収録した米田淳雄師・不軽庵版『平成新修日蓮聖人遺文集』であることを、学者の良心として語っていたのが印象的でした。このような良識からすると、いまどき、最蓮房その他に係る御書を、なんら資料考証もせずに、あたかも真筆のように扱うこと、論じることは、既に受け入れられない時代に入っていると知るべきです。

わたしも小松先生の講義は何度か、聴講しましたが、この場で、「最蓮房関係の御書は、すべて真筆です」などと言ったら、講師はもとより、参加者全員から、その良識、むしろ教養と常識を疑われることになります。なんで、こういう良識が理解できないのか、結局、閉鎖的信念大系集団にいるということは、そのような点でまったく神経が鈍感になったうえ、さらにファンダメンタリズムにも陥るという二重の禍を背負うことになることが理解されないからでしょうね。

当掲示板では、そのような点を、(クリアできない学会を含む石山系信念大系の)富士門にありながら、それをクリアした人の集まりである故に、稔りある議論、発展的な議論が可能になっているのだと思います。

まあ、北林本、取るに足りず、そう結論づけて相手にしないのがいちばんであるとわたしには思えます。こんなものを本気で読み、参考にすれば、物笑いになるのは当の創価学会(員)でしょうから。


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