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創価学会の功罪を考える

1457大勇者:2005/02/10(木) 00:30:53
撰時抄愚記(日寛上人文段集p268)

一には五百年に聖人出ずるの説は孟子十四二十二に云く「孟子云く、舜由り湯に至るまで五百有余歳」と云云。趙氏に云く「五百歳にして聖人出ずるは天道の常なり」と。然るにまた遅速あり、正しく五百歳なること能わざるが故に「有余」というなり。

二には千年に聖人出でて五百年に賢人出ずるの説は、王子が拾遺記に云く「丹丘は千年に一たび焼け、黄河は千年一たび清む。皆至聖の君、以て大瑞と為す」文。晋書の註に云く「千年に一度、聖人の出ずるを見、五百年に一賢を見る」と云云。孔子聖人は仏滅後三百九十九年に当り、周の霊二十一年庚戌十一月四日、魯国に生る。周の敬王四十一年壬戌四月八日に卒す、年七十三歳なり云云。これ仏滅後四百七十二年に当る、故に大数は五百年なり。清浄法行経に云く「光清菩薩、彼に仲尼と称す」等云云。

天台大師は孔子の滅後一千十五年に当って、梁の武帝の大同四年の誕生なり。隋の開皇十七年丁巳の入滅、春秋六十歳なり。伝教大師は天台滅後一百六十九に当って生まれたまう。御年五十六歳にして弘仁十三年の入滅なり。具に前に弁ずるが如し。

蓮祖大聖人は伝教滅後四百一年に当たって生まれたまう。即ち天台滅後五百七十年に当るなり。若し伝教に望み、若し天台に望めば倶に五百年の前後なり故に大数は五百年に聖人出ずるの説、以て憑拠たるべきなり。


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