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創価学会の功罪を考える

1349彰往考来:2005/01/16(日) 16:30
横レス失礼します。だいぶ活発な議論がなされているようですね。
自己紹介ではありませんが、私のHNは彰往考来(しょうおうこうらい)です。
過去を彰(あきら)かにして未来を考えるという意味です。その観点から今回の議論を見るならば、昭和47年から昭和53年頃までの創価学会出版物を紐解けば池田会長本仏論なんてゴロゴロしています。
少なくとも当時指摘された一番古い会長本仏論とされたものは、>1265で紹介されている『大白蓮華 昭和41年2月号』に掲載された「講師筆記試験優秀答案」でしょう。そこでは、「主師親の三徳を現代生活の上から説明しなさい」という問題に対して「池田先生のみ現在において主師親三徳でいらっしゃる(要旨)」とあります。個人がどのような考えを持とうと自由でしょうが、それを会内の機関誌に優秀答案として載せているのですよ。これは一次資料でしょう。組織としてそう考えていたということです。ある副会長ひとりの勝手な考えではありません。なおこの件では主師親三徳具備のお方は日蓮大聖人のみということを当時指摘を受けた創価学会も確認しています。念のため。
>1323にあるように昭和55年に創価学会が路線変更をしたので現在はきっとその片鱗もみられないのです。国立戒壇も同じです。確か昭和47年でしたっけ、創価学会が路線変更をしているわけです。従って若い会員の人はそんな事実があったことすら知らないという人もいるわけでしょう。けれど私を含め当時嘆き苦しんだ人は決してその怨念を忘れることはできないと思いますよ。命をかけていたし、人生を左右する決断をしてきたのですから。

>1322
大勇者さん、あなたのこの考えは間違っていますね。日達猊下のお言葉を紹介しましょう。創価学会と日蓮正宗は別れましたけれど、現役の創価学会員で日達猊下の御本尊を拝んでいる人はいっぱいいるし、現在の創価学会の論調をみても日達猊下のお言葉に対して否定してはいないのだから聞く耳はあるのでしょう? 下記の文章で“仏”を“会長”に置き換えれば成り立ちますよ。そりゃあそうです。下記の文は会長本仏論の破折なのですから。
「昭和49年6月18日 於 大講堂
誰れ誰れが仏であるという言葉もこの近所で聞かれるのであって、私は非常に憂慮しています。
成程、もし誰れ誰れが仏であるというならば、それは我々は、みな全部仏であります。
それは理の上からそうなります。
しかし、我々の宗教の、信心するところの仏ではない。
我々は、凡夫が、体の仏であるということは、御書にはっきり書いてあります。その体の仏を以て、どこまでも仏だといいふらしていくならば、大変間違ったことになります。」

今回の件で手持ちの資料を調べると、『北条報告書』が出てきました。懐かしいですね。久しぶりに『慧燈 第8号』の「極秘文書『北条報告書』の背景を探る」を読みました。花野師はこれで日顕管長の逆鱗にふれ、『慧燈』は廃刊になったのでした。歴史は繰り返す。まさに“彰往考来”です。


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