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創価学会の功罪を考える

1333犀角独歩:2005/01/16(日) 11:18

1331 吉祥仙人さん:

>> 1319
> 名誉会長が「現在の仏だ」と言われて信心したカルトな方が
> 名誉会長自らそれを否定したので退転したということはあり得る

それはあるのではないでしょうか。
戦前、熱烈な天皇崇拝者であったわたしの母は、『恩師の二十三回忌に思う』を読んだとき、「敗戦で天皇陛下は人間したときは悲しかった。今度は、池田先生も人間に戻ってしまった。神様も、仏様も、人間に戻ってしまって悲しい」というようなことを言い、涙を流していました。

このような個人崇拝はしかし、池田さんの言葉にもある「代々の御法主上人は、唯授一人、その遣使還告のお立場であらせられると拝し、尊崇」という執行海秀師の言説を籍りれば、派祖本仏論、持住本仏論(宗派・本山のトップが日蓮聖人より、現状的な意味においては尊い、もしくは=の関係である)という中世教学の焼き直し、また、戦前の天皇崇拝を戦後民主主義社会で焼き直したカリスマ信仰として暴走したのではないのかという議論を、ここでしてきたと記憶します。わたしは、この分析はある面、正しいと思います。
ですから、カリスマ信仰、池田会長本仏論という歪んだ…、吉祥仙人さんの言葉を使えば「カルトな方」というのが、実は戦後、戸田さんから池田さんを支えた人々の大多数であったのが、過去の創価学会であったわけでしょう。

昭和20〜40年代の学会批判書を読めば、今で言うカルト団体批判となんら変わらない論調で創価学会は批判されています。それは単に創価学会を誤解したというより、当時の破竹の勢いの創価学会は世間一般、他宗からは「カルトな」様相として受け止められたとおりの有様であったことを物語っています。であればこそ、池田会長本仏論という邪義が蔓延する精神的な土壌が創価学会内に蔓延していたが故に、池田さんの『恩師の二十三回忌に思う』への反省まで転がっていったわけでしょう。その歴史的な事実を真摯に捉え反省するのであれば、池田さんを指導者にしようが外部から咎められるいわれはないでしょう。
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/ikeda_toda23.html


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