[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
創価学会の功罪を考える
1224
:
犀角独歩
:2004/12/08(水) 10:13
朝日新聞『AERA』で連載された『自公5年 創価学会に何が起きているか』は、従来の創価学会特集と取材・執筆において一線を画する内容になっていますね。
最も評価できることは、反創価学会ジャーナリストを完全に排除し、そこからの情報を使用しない編集方針で一貫したこと。先の『週刊ダイヤモンド』は、情報収集をその提供者に頼り、結局のところ、謝罪。(まあ、謝罪広告を出して、そちらのほうは今度は学会員に売れ、一粒で二度美味しかったのかも知れませんが)
いずれにしても、ここ数十年間、反学会の情報元となった人々を援用する時代は終焉を迎えたと言うことであろうと思います。その意味において、わたしは、今回の『AERA』の編集方針には賛同します。
わたしは、創価学会脱会に当たり、富要等の資料と石山僧から得た「正統教学と化儀」を足がかりに脱会したわけです。しかし、実際、ここに来て当掲示板で、問答さんをはじめ、皆さんと論攷を重ねてきた結果、その石山の教学も中世以降のまがい物であることが明らかになったわけです。
先には、日蓮本仏論が中世以降の勝止観劣法華・勝天台劣釈迦を焼き直し、勝御書劣法華・勝日蓮劣釈迦とした中世の派祖本仏を言わんがための中世の捏造であり、その根拠となったのが数々の偽書と他山からパクった相伝類。まったく呆れ果てていたところに、ここに来て石山彫刻本尊が禅師授与漫荼羅を臨模作為したパッチワークであることがわかりました。ここまで来ると、たしかに現創価学会からも、かなり距離ができた、そんな感じはありますが、実はわたしはそう思っていません。
池田さんが彫刻本尊が紛い物であると気付いたのは、いつのことなのか…、わたしは興味があります。戸田さんの意志を継いで昭和42年に800万信徒から500億円近い金を集めて、正本堂を建てました。この段階で彫刻本尊は修繕を加え、その際に詳細な写真を撮った、また、木片の一部を関西方面の研究期間に持ち込み、年代鑑定も行ったなどというまことしやかな情報も漏れ聞こえます。その実否はともかく、この頃既に池田さんは彫刻本尊が何たるものであるのか、しっかりと掌握していたのではないか…、わたしにはそんな思いがあります。東洋学術研究所(東洋哲学研究所)なんかを通して、科学的、且つ常識的な「仏法」というものの客観的に認識するに至る経緯もあったでしょう。
ただ、しかし、それ以前、昭和20年以降から昭和40年代中期まで、日蓮本仏と彫刻本尊、国立戒壇で驀進してきた流れがあり、その熱い想いを背負った会員層があるわけです。だから、すぐには方向転換はできないわけでしょう。「仏教は普遍的でなければならない」、こんな足枷もあるはずです。けれど、たぶん、池田さんのなかで、日蓮本仏も、彫刻本尊も、その実態はよくわかっていたはずです。となれば、目指す方向はそこからの脱却であり、一般社会に通用し、且つ世界に通用する仏教と集団の構築を考える形で歩み始めた。それは旧態依然とした中世の捏造教学とお宝信仰(器物崇拝)とは真っ向から対峙するものであったのでしょう。いまでも、学会では「三大秘法の本尊」と緩衝剤のように言葉を選びながらも「本門戒壇本尊」信仰を引きずっているわけです。しかし、これは、池田さん、もしくは創価学会執行部が目指す最終的な完成形からすれば、ただの通過点に過ぎないはずです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板