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創価学会の功罪を考える
1178
:
MILD SEVEN
:2004/05/29(土) 01:39
>みかん さん
その土地土地、なんでもありです。(異端は除きます)
カトリックは、訳あって・意識して、通いません・・・良きパートナーですが。
夫と妻、妻と夫の関係?かな?
・・・
富士門でも共有出来る?教学を紹介します。
<愛読書より>
人間は信仰を持つのが正しい事、そして不信仰よりも信仰を持つほうが幸福である事を、自ら経験して知らねばならない。
それも、しばしば長い間にわたり、苦痛を伴いながら。
こういう経験からのみ、単にうわべだけの信仰告白でなく、確固とした信仰、本当の確信が生まれてくる。
(補足=信仰の霊は、主から与えられるもの。自分免許では無い)
///
・・・どんな人でも、原則的には、あらゆる事柄、最も偉大な事柄をさえ、成し遂げ得ることである、しかも、それを成すについての主な条件がその人自身に備わっているかどうかに関わり無く。
信仰と共に、人間の様々な可能性はまったく独りでに成長する。
///
・・・同様に、あまりにも繊細な感情、人間嫌いや実行嫌い、あるいは病弱、神経質、その他それに似たいろんな「事情」を口実にする事や、さらにまた、冷やかに尊厳を取り繕う事なども許されない。
つまり、こうした尊厳ぶりの為に、多くの人達は、世間一般の見解やその時代の流行思潮に合わない一切のものから遠ざかってしまうのである。
この時期は、完全に正しい、したがってまったく喜ばしい生活へ進む途上の「急な曲がり角」の一つであって、そこを通り越せない者が多い。
冷酷な世間とたえず接触する為に誰の心の周囲にも、ともすると凍りつき易い氷の殻が、そのまま段々厚くならないように、更にひき続いて試練や、時には誹謗や、あらゆる種類の苦渋によってその凍結を防がなければならない。
さもなければ・・・。
///
・・・いずれにしても、何らかの導きに対する信仰が無ければ、この世で並々ならぬ事は決して起こるものではない。
そういう信仰を持つ者だけが、しばしば同時代人全体を向こうにまわして抵抗し続け、ついにはその時代にその人自身の刻印を押すのである。
また、その人は必ずしもそれを自発的にする訳ではなく、大抵の場合、苦痛な強制にさえ従うのである。
なぜなら・・・。
・・・まさに、キリスト教的人生観が必要になってくる。
・・
本来、宗教とは、自己犠牲の上に成り立つもの。
日蓮氏も、そうやったでしょう。
無償の愛は、偽宗教には無いでしょう。
一つの判断基準です。
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