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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
553
:
苦悩乱者
:2003/09/09(火) 14:32
552 犀角独歩さん
お話は横にそれるかもしれませんが、私は昨年末に勤め先を早期退職してから、少しづつ法門を学ぶようになったのですが、独歩さんの学識のほんの一割程度の教学力かと思っております。
現在、私は独歩さんのご推察の通り、正信会シンパです。それは、池田令道師の著書「富士門流の信仰と化儀」(副題 日有上人聞書を拝して)のp.423の〈セクトを超えて〉を読んだからなのです。
以下抜粋引用
『私達は、偏った独善主義や排他主義を出来る限り無くして、自信を持って大いに社会の人々に富士の法門を語り、お互いに同意できることの喜びを感じあいたいものです。
そして、その根本精神がすでに大聖人の教えに示されていることも、私達は学んでおかなければなりません。大聖人は減劫御書に、
「智者とは世間の法より外に仏法を行ぜず、世間の法をよくよく心得て候を智者とは申す也、殷の代の濁りて民のわずらいしを太公望出世して殷の紂が頚を切りて民のなげきを止め、二世王が民の口に苦かりし、張良出でて代をおさめ民の口を甘くせし、これらは仏法已前なれども教主釈尊の御使いとして民を助けしなり、外経の人々はしらざりしかども、彼等の人々の智慧は内心には仏法の智慧をさしはさみたりしなり。」全集1466』、以上。
以下私(苦悩乱者)
減劫御書(真蹟 富士大石寺)録内、録外にも載らず
又、これと類似の御書は「白米一俵御書」に
『まことの道は世間の事法にて候、金光明経には「若し深く世法を識らば則ち是仏法なり」と説かれ、涅槃経には「一切世間の外道の経書は皆是仏説にして外道の説に非ず」と仰せられて候を、妙楽大師は法華経の第六の巻の「一切世間の治生産業は皆実相と相違背せず」との経文に引き合わせて心を表されて候には、彼れ彼れの二経は深心の経々なれども、彼の経々は、いまだ心浅くして法華経に及ばざれば、世間の法を仏法に依せて知らせて候、法華経はしからず、やがて世間の法が仏法の全体と釈せらて候。』とのご教示があります。
減劫御書(真蹟 富士大石寺)録内、録外にも載らず
減劫御書
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