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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について

534犀角独歩:2003/09/06(土) 01:23

ガンコさん:

> 乗明聖人御返事では「経勝仏劣」…大聖人の法華経観

ガンコさんはこれを経典が勝れて、釈迦仏が劣ると読んだのでしょうね。
「経は師なり仏は弟子なり」の一節から、そう思われたのでしょうか。

しかし、これは違います。ここで言う仏とは一つは箔を貼られた木像(仏像)のこと、この仏はすなわち、「金珠女は金銭一文を木像の薄(箔)」を句を受けた「仏」です。経は「妙日並びに妻女は銅銭二千枚を法華経」とありますから、法華経です。

つまり、同じ供養でも、金珠女は木製の仏像に、乗妙(妙日)は法華経に供養した対比を述べる所です。そして、「経は師なり仏は弟子」の仏は釈迦仏ではなく、諸仏でしょう。
ただし、功徳という点から、仏・大菩薩・辟支仏・阿羅漢を供養より、法華の一四句偈を受持する福の最も多きには及ばないとします。その前提から

「夫(それ)劣れる仏を供養するに尚九十一劫に金色の身と為りぬ。勝れたる経を供養する施主、一生に仏の位に入らざらんや」

として、劣る木像、諸仏を供養すれば、九十一劫に金色の身となるが、勝れた法華経を供養すれば一生の間に仏位に入るという対比です。

ですから、ガンコさんが思ったような法華経勝釈迦仏劣の意味ではありませんよ。


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