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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
51
:
独歩
:2002/04/30(火) 17:17
顕正居士さんが仰っていることが違っているというわけではありませんが、難しい説明ですね。
本門正意顯壽長遠。長遠永異故用比之。實相雖在迹門辨竟。今須辨同故今但取實相同邊。長壽祗是證體之用未是親證實相體也。
もう少し簡潔でよろしいではないでしょうか。
法華経本門寿量品の正意は如来の壽の長遠を顕わすことである。(五百塵点已来、そして、未来にはその今までの寿命にさらに倍するほどのものであることを顕わす。要するに、本門の正意というのは過去・久遠五百塵点、未来・復倍上数という如来の壽(いのち)の長遠である)
長遠という正意は(諸教と)永異なのでこれを用比(比すのに用いた)。
(十如)実相は迹門にあるといえども弁じおわっている。
いますべからく同じく弁ずべき故に今はただ、迹門実相と同辺と取る。
(けれども)長寿(=壽長遠)はただこれは体の“用”を証するばかりで、いまだにこれは実相の“体”ではまのあたりに証してはいないである。
本門・迹門、体・用を比較して証しているところなので、「証体」と残すと、“私には”わからなくなります。
なお、私は訓読は否定しているわけではありません。訓読が好きな方は、それを使われればよろしいでしょう。
> 「本地ノ眞因初住自リ已ニ來タ。遠ク今日乃至未來大小ノ衆機ヲ鑒ム。故ニ云ク、
『本行菩薩道時所成壽命今猶未盡』ト。豈ニ今日迹中ノ草座木樹方ニ今日大小ノ機
ヲ鑒ミン耶」
これは私の訓読よりずっとわかりやすいですね。
ただ、私はこの文中で、もっとも解説が必要なのは『本行菩薩道“時”所成壽命今猶未盡』の“時”の一字であろうかと思います。漢原文で残すのは不親切な気がします。
法華経原文では「我本行菩薩道所成壽命。今猶未盡復倍上數」で言うまでもなく、「時」の一字はありません。それをあえて妙楽は補っているのです。つまり、この“時”によって大小の機を鑑みた時を寿量品の「菩薩道」の時と、妙楽特有の解釈となっている点を明らかにするために、こここそ訓読が必要でしょう。
> 名字初心より教化が開始されるのはあくまで日本中古に独特の説です
この点を明確にしたかったのです。すなわち、法華経の原意とは違うという点です。
仏菩薩を説明する為に「宝積経」を引用されると法華経の範囲で論じてきているので、多少混乱するように、私には思えます。
私は
(1)法華経原文ではなにが説かれているのか
(2)天台はそれをどう解釈したのか
(3)中古天台本覚思想ではどう変化したのか
(4)聖人はどう受用されたのか
(5)滅後の弟子はどう解釈したのか
を、分けながら論じませんと、混乱を来すと思うのです。
この点を明確に分別、指し示しながら、ご説明いただければさらにわかりやすくなろうかと思い、お願い申し上げるものです。
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