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『日蓮大聖人が御本仏である』という教義について
252
:
川蝉
:2003/05/20(火) 20:52
249 : ガンコ さんへ。
>そんな意味で立宗の時に大聖人の御考えは相当固まってらしたと
>思うのです。
私もそう思っています。
守護国家論に真言経を法華と共に正法としていることや、不動愛染感見記があるので、開宗当初には、まだ真言批判が確立していなかったと云う学者もいます。
しかし、真言批判も出来ていないうちに開宗をするようないい加減な宗祖でないと思います。
守護国家論について先学が次のように解説しています。
「本書は佐渡以前の作である上、意識的に化法上(布教の手順)過時の天台を破さず、また真言経も法華涅槃と共に正法・直道・了義経・護国の法とし、鸞・綽・導の三師に大して緩やかなのは、独り法然の邪義を責めたまうことの急なる所以である。
大文第五章以下の文旨をさぐれば、涅槃経をクン拾の位(法華経の下)としており、況や真言三部経や諸経おやと意が明らかである。(大旨)」
と解説しています。
「三沢抄」に
「真言師等にも召し合わせ給はんずらむ、その時まことの大事をば申すべし、弟子等にもないない申すならば、披露して彼ら知りなんず、さらば・よもあわじと・おもいて各各にも申さざりしなり」(学会版・1489頁)
とあるように、真言宗批判や天台宗批判を、始めから詳しく披露してしまうと、真言宗や天台宗等が公場対決に乗ってこないだろうから、日蓮の真実義を教えなかったのであると云う意味ですね。
上に紹介した先学の見解は、この三沢抄に照らして妥当な見解と思います。
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