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(続) 大石寺の歴史
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:
とんちきちゃん
:2002/04/14(日) 11:09
とんちきちゃんです。
無作三身という言葉が最初に見えるのは、伝教大師の守護国界章であります。
次に伝教大師滅後、無作三身の言葉が用いられるのは果たしていつからか、言い換えれば、中古天台の無作三身思想がいつ頃に成立したのかという問題であります。
過去のレスより室町時代あたりとする浅井円道氏説が中心の様に見えましたが宝地房証真の法華玄義私記にすでに無作三身批判が見えるのであります。
そして無作三身思想が証真以前の成立であるとすれば日蓮大聖人に無作三身思想があっても不思議ではなく、無作三身の用語より御書の真偽問題を論ずるのは、できなくなるのあります。
私は、中古天台の無作三身思想は、三十四箇事書の選者である皇覚あたりで成立したのであろうと推察しております。
中古天台恵心流の口伝の件は、現代仏教(身延系)でも取り上げられていましたね。
又、日蓮大聖人が純正天台思想への復帰を目指していたとのレスも拝見した事が有りましたが私の考え方は、日蓮大聖人の時代に中古天台本覚思想があり清澄寺が東密系の寺院であり過去に日蓮大聖人が虚空菩薩求聞持法などの修業や不動愛染感見記や八舌の鑰の口伝や過去ログより密教、中古天台本覚思想の影響を受け、さらに天台の六即義を超えた名字即但心唱題を主張されたのでは、ないのかなと思っています。
皆様、今迄ありがとうございました。
私は、明日から徹夜作業が続きますので(15日、18日次の日も休みで無い)しばらく書き込めませんので中止にさせていただけませんでしょうか?
やはり掲示板の書き込みには、一定の時間がかかりますね。
では、バイバイ!!
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