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本尊の開眼は誰が行うのか?

1チョンガー:2002/03/08(金) 12:18

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http://kamakura.cool.ne.jp/gomoyama/keijiban/kaigen.htm

本尊とは、どんな書家が、見事にそれを書写しても、その段階においては、
ただの掛け軸なのではないでしょうか?
では、本尊が、仏様となるためには、リアルに書写するのみならず、
他に、何かエッセンスが必要なのではないでしょうか?
皆様のお考えをお聞きしたいです。
たとえば、
(1)書写した段階で仏様なのだ。それは誰が書写しても同じ事だ。
(2)御法主上人が開眼供養されて、はじめて仏様となるものだ。
(3)末寺の御住職であっても、信心ある人が開眼供養を行えば、仏様となる。
(4)御本尊は、仏様ではない。単なる文字だ。何かの魂が込められているわけではない。
(5)本尊に仏様のいのちを呼び起こし、入魂するのは、信じる人の「信」である。
いろいろあると思います。
みなさんは、いかがお考えですか?
伝統的な考え方としては、(2)でしょうが、
信徒の素朴な考えとしては、どうでしょうか?
「本尊を語るのは、まことに恐れ多い事であって、
一介の信徒が簡単に論じられるものではない」という方には、
無理にお伺いいたしません。
本尊に対する考え方の相違が、
人によって、どこまでの開きを見せているか知りたいだけです。
学術的でなくて結構なので、個人としての素朴な考えをお聞かせ下さい。
このスレッドは、
通りすがりの方の、書き捨て歓迎です。
その際、自分のお立場(学会とか、顕正会とか)だけは、
明記していただきたいです。


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