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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
82
:
管理者
:2005/02/09(水) 14:23:52
52 名前: デルトロ 投稿日: 2005/02/07(月) 19:36:20
吉祥仙人さんこんにちは
全ての人が自身の能力いっぱいに自由自在に生きている
社会ってどんな社会なんでしょうか?
すごく輪郭がぼんやりしていませんか。
それともこれはぼんやりしたままのほうが
いいんでしょうか?
少なくとも最大の命題である広宣流布について
抽象的なイメージしかないというのがよくわからないし、
人によって受け止めかたのズレもあるんじゃないかと思いました。
また広宣流布ができるというのも、現段階ではリアリティがないなとも
感じるわけです(今は過程の段階だとしても)
シンプルに考えれば邪教邪宗などにもっと現罰などが明確に出ればとても
わかりやすいと思うんですが、それもない。
日蓮正宗は一時的に膨張しましたが結果的に分裂だけを作ってしまった。
広宣流布からはどんどん遅れをとってしまったような気もするんです。
悪くいえば最初からない幻想なのかと。
このへんの話ってどこに行ってもほとんどできないと思うので、
みなさんはどうお考えなんでしょうと思ったんです。
広宣流布は幻想なのか、リアリティがあるのか。
幻想ならば何故ないのだろうか
リアリティがあるのならばどんな世界なんだろうと、
そしてそれが永続的に続いていくんだろうか?
一度広宣流布をしてしまえば後は一切崩れることがないのか。
これは仮定なんですが、一度完成したものが
崩れた時のほうが今の広宣流布の過程にある段階よりも
ひどい世の中になるんじゃないかって気もします。
とにかくちょっとイメージが湧きづらいんですよ。
最大の命題にしては
53 名前: 吉祥仙人 投稿日: 2005/02/08(火) 18:26:48
デルトロさんへ
正直に言いますと、私は広宣流布後の世界について明確なイメージやビジョンを
持ったことはありません。「幸福」と言う状態について、普遍的に語ろうとすれば
抽象的なイメージになるのと同じことではないでしょうか。
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