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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
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:
犀角独歩
:2002/10/11(金) 08:18
■板本尊偽作論を粉砕するに見る達師の言を検証する(2)
石山では以前から漫荼羅の写真を撮ることは「謗法」なのだという。石山信徒はそのように教えられてきたわけです。
P11に「安永君は熊田葦城氏の『日蓮上人』の初版に(戒壇之漫荼羅)の写真が掲載されているというが、此れは某信徒が葦城氏と相談して写真を出したならば世間に知らしめて非常に効果があると考えて大石寺に願ってやったことである。
しかるに効果どころか甚だ面白くない結果となったので、その掲載は禁止したのである。その悪い結果とは此の写真を複写して本尊を売買する者があらわれ、或は偽作するものがあるとかいう事であった。恐らく安永君の門流の者の行為ではないか」
戒壇之漫荼羅の写真は石山が許可をして写真にして載せた。しかし、面白くな結果となったのでやめたというわけです。
それが数十年を経るごとに漫荼羅の写真撮影は謗法という口コミに変化していったわけです。
写真撮影が謗法であるというのは以上のようなことですが、では、模刻と作り、あるいはたとえば、戒壇之漫荼羅の臨写を作成したりすることはどうなのでしょうか。
複製を作ることはいけない。私はこれは聖人の考え、あるいは興師の考えに則っていると思います。聖人は自筆漫荼羅が複製されるなどと言うことを前提にしていなかったし、また、興師もこのような軽率な真似を厳しく戒めているわけです。その意味で、この達師の憤りはわからなくもありません。
しかしならば、当の石山は複製を作らないのか?といえば、石山ほど、複製を作るのがお手の物の団体はないわけです。数百万単位の印刷(複製)漫荼羅を作り、俄信者に卸していたわけです。これはいまも続けられています。さらに由緒ある漫荼羅を板に刻んで複製を作ってきました。客殿のいわゆる御座替漫荼羅も紙幅を板にしたものです。講堂の漫荼羅は万年救護を板にしたものですが、なぜ、この板漫荼羅がここにあるのかすら、わかっていません。末寺にも漫荼羅は複製が持っていかれているのであり、たとえば東京品川・妙光寺の本堂の漫荼羅は本山六壺の漫荼羅の模刻です。
古くは有師は紫宸殿漫荼羅と言われるものを板に刻んでいますし、何より、戒壇之漫荼羅の模刻も刻んでいます。石山は否定しますが、戒壇之漫荼羅そのものを板に刻んだのも有師であるとも言います。
戒壇之漫荼羅については、古来より複製が何度が作られたのであり、それは板であったり、紙幅であったりし、石山信徒の耳には届かないようにされていますが、実際は複数の複製を存しているわけです。
他門では複製を作ることがいけないが自分たちならばよい。この理屈は何に基づくのでしょうか。私は、このような自己中心的な発言はまったく説得性がないと思うわけです。
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