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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
58
:
犀角独歩
:2002/10/09(水) 19:48
57 川蝉さん:
> 基本的立場が違うようです
これはあまりにも当然すぎることではないでしょうか。
しかし、これは立場の違いと言うより、原意を重んじるか、解釈を重んじるかの相違でしょう。
さて、いくつかまるで誤解があるようなので、その点だけは記します。l
> 勧持品の「濁劫悪世の中」の意は、法華経創作者当時を指しているだけで、遠い将来世のことなど視野にいれてないと云うことになるのでしょうか。
そんなことはまったくいっておりません。
> 「見宝塔品」に法華経創作者当時の信奉者に向けているだけの言葉としてしか解釈しないのでしょうか。
これも違いますね。
> 薬王菩薩本事品はじめ法華経全編は、当時の信奉者のみを対象にしたものでなく、将来世の悪世を視野に入れたものであり、我々に、現に語りかけられている言葉として受け止めるところに、法華経は生きて来るのだと思います。
ですから、これは解釈ですね。
ここで記されていることで重要な点は「薬王菩薩本事品はじめ法華経全編」という部分ですね。私は薬王品の該当部分について記しているわけです。それがいつの間にか法華経全体となってしまっています。この差です。宿王華に充てたものが法華経全般に係るとし、さらに大集経の三時にもかかると次々と拡大していくこの解釈の部分です。ここに対して私は疑問を投じているわけです。このことと原文が示すところろは一致しないわけです。
ただし、令法久住、そして、無令断絶の結果、今私たちは法華経を手にしています。その意味で、いまここに法華経が生きているのは事実でしょう。
しかし、「自分たちに語りかけられている」と取るから、法華経が生きているのではなく、先哲の努力によって今に至るまで法華経が伝えられたから生きているのでしょう。
> たしかに、「宿王華よ薬王菩薩本事品を正法五百年の次の五百年の期間において広宣流布すべし」と云うのが、経の元々の意(原意)と云えます。
そのとおりでしょう。
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