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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について

56犀角独歩:2002/10/09(水) 11:14

53 川蝉さん:

有り難うございます。日蓮門下の教科書的なご解答と嘆じました。

正直な感想を記せば、引用いただく本化妙宗の文章から、「解釈が信仰されている」…、個人的な感想ですが…という印象を受けました。

私個人としては「宗祖の出現と云う結果から、逆に考える」ことは、ずっと申し上げているとおり、反対の立場であることを、ここに改めて申し上げておきます。
もちろん川蝉さんを批判することではありません。

私が質問した薬王品の当該箇所は

ナクシャトラ=ラージャ=サンクスミタ=アビジュニャよ、偉大なる志を持つ求法者(ぐほうしゃ)『サヴァサットヴァ=プリヤダルシャナの前世の因縁』の章が最後の時であり、最後の機会である最後の五十年の経過している間に、このジャンプ=ドゥヴィーパに行われて、消滅しないように、また魔王パーピーヤス(波旬)が襲撃の機会を得ず、悪魔の眷属や神や、竜、ヤクシャ、ガンダルヴァ、クンパーダどもが襲撃の機会を得ないように、余はそれを汝に委ねよう。

となっています。私がこの訳文で特に注目したのは50年という点ですが、しかし、それだけではありません。上述の文を漢文訳に充て必要な箇所のみ書き直してみます。

宿王華よ、薬王菩薩本事品が最後の時であり、最後の機会である最後の五十年の経過している間に、この閻浮提に行われて、消滅しないように、…余・釈尊はそれを宿王華・汝に委ねよう。

原文で見る限り、50年が、500年であったとしても、この年月はやはり、薬王菩薩本事品が説かれたあとの50(500)年しか意味していません。また、さらに重要なことはこれを委ねられているのは、上行菩薩ではなく宿王華であるということです。

この経典をどこで誰が創作したのか、私にはわかりません。しかし、たぶん、ここで言われる菩薩達は、その創作者達の信仰対象者、あるいは自分たちの投影であったのであろうと思います。自分たちが生きている時代を、すなわち薬王菩薩本事品が創作された時期を仏滅後50年、あるいは500年と見なして、この経典は創作されたのであろうと私は考えます。つまり、仏滅後2000年という創作者と関係のない未来を予言して書いたのではなく、釈尊に予言をさせる形を採って自分たちのことを書いたのであろうと思うわけです。

そんなことからも、この「50(500)年」は末法の始めの500年とはまったく無関係であると私は思います。

私はやはり、法華経の真実は、日蓮が戻って読んでいくのではなく、法華経から時系列を追って読んでいかない限り、日蓮(解釈)信仰が固定概念化し、正しい認識は得られないと思うわけです。

もちろん、これは川蝉さんの信仰を誹謗するものではありません。
ご丁重なレスに感謝申し上げるばかりです。


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