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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
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:
顕正居士
:2002/10/09(水) 08:41
国史に徴すれば
日蓮宗は後の五百歳、室町時代に広宣流布した。上宮太子に始まり、最澄に
よって国民宗教になった法華信仰は衰えず、復興したのだから、日蓮の感性は
正しかったのだ。次の五百歳は真宗の世になったようだ。五百歳のその後も
未来際まで記憶されるだろうという希望も実現している。しかし「去暦昨食」
だから、カルトの発生源となる。真宗の6番目の五百歳もおわりつつあるから、
親鸞会が発生している。では7番目の五百歳に活躍する宗教があるだろうか?
あるとも云えるが、今日の宗教は教会や教団を必要としない、教会や教団は
葬式の他は、カルトの発生源に次第になる。なぜ今日の宗教は教会や教団を
必要としないか、宗教に魅力があったのは経済のレベルが低い頃には、科学者
と芸能家が教会や教団で生活していたからである。科学者も芸能家も独立し、
現代の宗教に貢献するのは企業である。大衆芸能が現代の「経」であり、
科学書が現代の「論」である。教会や教団の「宗教」は「反-宗教」であり、
「マルチ商法」の仲間であることを、はまっていない人なら知っている。
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